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暁のハルモニア 第四話のレポートと感想【ネタバレあり】~ちょこっと世界史「アマーリエ=エリーザベトという人」

 

暁のハルモニア 第四話 あらすじ 【ネタバレあり】

 

主な登場人物についてはこちらの記事で。

 

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 1631年初夏、カトリック軍はその矛先をプロテスタントの一大勢力ヘッセン=カッセルに向けたヘッセン=カッセル方伯は皇帝軍の侵入を阻むため出陣することを妻のアマーリエに告げた。方伯は心配するアマーリエにスウェーデングスタフ・アドルフが救援を約束してくれている事を伝え、妻に留守を頼み屋敷を出て行った。ヘッセン=カッセルの軍勢はカトリック軍を迎え撃ち、激しい戦いが繰り広げられた。

 

 ヘッセン=カッセル方伯邸に滞在中のヨアヒムは、プラハにいる友人イザークへ手紙をしたためていた。自分が今医師としてヘッセン=カッセル方伯邸に滞在している事、特に方伯夫人アマーリエの素晴らしさを想いを込めて綴った。

 

”ーーー方伯夫人アマーリエ様は本当に素晴らしい方だ。この戦況に心を痛めておられるあの方の為に何もお役にたてない自分が、僕は歯痒くてならない。ーーー”

 

 ヨアヒムは自分たちの滞在が、大変な極致に立たされているアマーリエの負担になっているのではないかと思い、アマーリエに屋敷を出て行く事を申し出た。が、アマーリエは今領内を出るのは危険だからとこれを引き留めた。主治医も未だ戻らず主も居ない間に子供たちに何かあったらと不安そうなアマーリエに、ヨアヒムは考えを改めもう暫くの滞在を決めた。

 

「もう少し状況が落ち着くまでは何処にも行きません」というヨアヒムの言葉に心底ホッとした表情を見せたアマーリエは、暗い空気を吹き払うような明るい声でヨアヒムに微笑みかけ、彼の為にリュートを奏でるのだった。穏やかな表情でリュートを奏でるアマーリエを見つめながら、ヨアヒムは心の中でイザークに語り掛けていた。

 

”ーーーイザーク。アマーリエ様は、美しくて優しくて聡明で……。

…僕が女性に対してこんな気持ちを抱いてる事を知ったら、君はきっと笑うだろうねーーー”

 

 ある日のヘッセン=カッセル方伯邸で、ヨアヒムはまたも姿を消したルディを探していた。暫くあての無いまま邸内を彷徨っていたヨアヒムは、ルディが使用人らしき女性と話し込んでいるのを見つける。ルディはヨアヒムから習った天文学について女性に話して聞かせていた様子だったが、女性はヨアヒムの姿を見つけると慌てて去っていった

 

不思議に思ったヨアヒムがルディに女性の事を尋ねると、ルディは彼女を城の女中だと答えた。彼女はヨアヒムの事や、ルディが何を勉強しているのかということなどを尋ねていたらしい。「もっと聞きたそうだったのに…」と、女性が去って行った方向を見つめるルディを、ヨアヒムは不安げな面持ちで見つめるのだった。

 

 その頃ヘッセン=カッセル方伯邸には周辺の領地から逃げてきたプロテスタントの領主たちが助けを求めて押し寄せていた。見殺しにすることは出来ないと、アマーリエは糧食の蓄えを速やかに確認すると邸の扉を開け、城壁を開放し彼らを招き入れた

 

 ヨアヒムは医者としてアマーリエが匿う者たちの診察をしていた。街は亡命者たちで溢れ、彼らを励ますため片時も休まず歩き回るアマーリエの姿は、ヨアヒムの目に輝いて見えた。「お疲れではありませんか」と尋ねるヨアヒムにアマーリエは気丈に微笑むと「いいえ、夫が戦場で戦っているのに疲れたなどと言ってはいられませんわ」と、答えるのだった。

 

自分の事よりもヨアヒムを心配するアマーリエに、ヨアヒムはわざと元気な声を出して彼女を安心させようとした。長引く戦争は一体いつになれば終わるのか、と憂うアマーリエは落ち込む気分を振り払うように、ヨアヒムに何か美しい話、宇宙の話を聞かせて欲しいとねだった。

 

”ーーー先日、星にはそれ自体にものを引き付ける力があると仰っていましたわね。”

 

”ーーーええ、地球が回っていてもその上に生きる人や物が宇宙に飛んで行ってしまわないのはその為です。地球を始め、惑星が太陽の周りを回るのも、地球が太陽の力に引き付けられているから。”

 

それが惑星が動く力の秘密ね、とアマーリエは嬉しそうに頷くと「神がお創りになった宇宙の壮大なこと」と、遥か宇宙に思いを巡らせた。それに比べて人間の営みはなんとちっぽけなのかと嘆くアマーリエに、ヨアヒムは師であるヨハネス・ケプラーが最後に言い残した言葉を聞かせた。

 

”ーーー地上がいかに戦乱に満ちていても、星々の運航は決して乱れる事は無い。願わくは、天上に調和のあるがごとく、地上にもあらんことをーーー。”

 

”ーーー調和…。神話では、調和の女神ハルモニアは戦争の神マルスの娘だわ。戦いの時代の後に、いつか調和が訪れる時がくるのかしら。それはいつなの…ーーー。”

 

 ヨアヒムとアマーリエが話し込んでいるところへ一人の女中が現れた。喉が渇いただろうからとアマーリエに飲み物を持ってきたという女性は、先頃ルディと話していたあの女性だった。”やはりこの女、どこかで…”。女性の顔を見つめていたヨアヒムの脳裏に、ケプラーを追いかけていたカトリック改革委員会の女の顔が蘇った。

 

ヨアヒムは急いで立ち上がると、女がカトリック改革委員会の手先であることをアマーリエに告げた。女はしらを切り通したがアマーリエはヨアヒムを信じ、女を捕らえるよう家臣に命じたのだった。女はやってきた家臣たちに捨て台詞を吐き、窓から飛び降りて逃走した。アマーリエはすぐに追っ手を向かわせたが、これからは一層身辺に気を付けなくてはいけない、とヨアヒムに忠告した。

 

 先の女、ガブリエラは追っ手から逃れてカトリック改革委員会のカリスト枢機卿の元へ戻っていた。己の失敗を詫びるガブリエラに、カリストは彼女がもたらしたヘッセン=カッセルの情報を評価し、より一層の忠義を持って償うよう命じた。ガブリエラは早速ヘッセン=カッセル邸に滞在しているヨアヒムの事をカリストに進言した。ヨハネス・ケプラーを師と仰ぎ、その志を受け継ぐものだ、と。かつてケプラーが危険思想の持ち主だとその身を追われていたのと同じように、カリストヨアヒムを教会の権威を貶める者として捕らえようと画策するのだった。

 

 間もなくスウェーデン軍を恐れた皇帝軍のティリー将軍が、ヘッセン=カッセル領から撤退したという知らせが届いた。時を同じくして、方伯家の主治医も里帰りから戻ってきた。ヨアヒムとルディはヘッセン=カッセル方伯邸を出て、マインツへの旅を再開する旨をアマーリエに告げた。

 

 出発の日、アマーリエはヨアヒムに、オランダの伯父の元で過ごした幼いころの話を聞かせた。伯父の宮廷にはたくさんの学者が招かれ、彼らから話を聞くのが好きだった、と話すアマーリエ。

 

”ーーーヨアヒム、あなたと居るといつもあの頃の、学問好きな無邪気な少女だった自分に戻れるような気がした。

 

…あなたには天上の世界を解き明かす使命がある。でもありがとう、わたくしの前に現れてくださって。ほんのひとときでも、ここに居てくださって…。

 

わたくしは地上の戦いを、最後まで戦い続けるわーーー。”

 

アマーリエの想いを受け、ヨアヒムは「この命のある限り、あなた様のことは忘れません」と告げた。

 

 こうしてヨアヒムとルディは方伯家を後にした。二人は幾度も振り返り、バルコニーから見送るアマーリエに手を振った。方伯家での楽しいひと時とアマーリエの優しさを思い出し、涙が止まらないルディをヨアヒムは励ました。

 

”ーーー先生、アマーリエ様、いい人だったね。

すごく綺麗で、母ちゃんみたいに優しかった。おいら、アマーリエ様、大好きだった。”

 

”ーーーあぁ、ルディ。僕もアマーリエ様が好きだったよーーー。”

 

二人はもう姿の見えなくなってしまったアマーリエに想いを馳せるのだった。

 

 悠揚と流れるマイン河の上を吹き渡る風を身に受けながら、ヨアヒムとルディはマインツに向けて街道を進んだ。そこへすぐ近くから蹄の音が聞こえた…。騎馬の集団が二人をつけていたのだ。嫌な予感を感じたヨアヒムはルディにケプラーの手帳を託し、近くの物陰に隠れるよう言った。

 

 ヨアヒムの嫌な予感は的中した。一人になったヨアヒムの前で馬を止めたのは、ヘッセン=カッセル方伯邸で取り逃がした、あのカトリック改革委員会のガブリエラだった。先を急ぐからとその場を離れようとするヨアヒムに、ガブリエラはマインツの暗号解読官バルター宛ての手紙を見せた。それはヨアヒムが彼に宛てて書いたものだった。驚くヨアヒムにガブリエラは、バルターが先日悪魔と契約した罪で告発され既に火あぶりの刑に処されたことを告げた。

 

バルターの魂に祈りをささげるヨアヒムに、ガブリエラは拷問による自白でバルターが仲間としてヨアヒムの名を挙げたことを告げ、追い打ちをかけた。ヨアヒムはカトリック改革委員会に妖術士の嫌疑で逮捕されてしまう。物陰から不安げに様子を窺っていたルディは、騎馬隊に連行されていったヨアヒムの身を案じながらも、どうすればいいのか途方に暮れていた。

 

 カトリック改革委員会によるヨアヒムの宗教裁判が開かれた。カリスト枢機卿はヨアヒムに「悪魔と契約し神の教えに反する考えを広め、人々を惑わした嫌疑がかかっている」と告げた。潔白を主張するヨアヒムだが、枢機卿は弁明を聞くつもりなど微塵も無かった。

 

裁判がヨアヒムに一方的に不利な状況で終わろうとしたその時、裁判所の扉が開かれ一人の男が姿を現した。「ヨアヒム・ハインツェルは妖術師でも異端者でもない」と告げるその男はヴァレンシュタイン公の告解聴聞司祭だと名乗った。そう、イザーク・シュヴァルツである。イザークヨアヒムの弁護人を引き受けることを宣言するのだった。

 

 

感想

 

 第四話はアマーリエ様たくさん出てきましたね(*^_^*)嬉しいです♡

 

彼女がいかに聡明で、方伯夫人としての役割をきちんとこなしていることがよくわかりました。亡命者を受け入れ、彼らを励ますために休むことなく歩き回って声を掛けて…素晴らしい方ですね。そんなアマーリエ様の力になりたいとヨアヒムが望むのは当然のことですし、あんな風に「行かないで」なんて言われたら…私だったら一生出て行きません(笑)

 

 アマーリエ様がヨアヒムに幼少期の話をする件がありますが、異国の地で学者たちから到底想像し得ないほど広い世界の話を聞いて、キラキラと瞳を輝かせている幼いアマーリエ様のお姿が目に見えるようでした。幼いころに育まれた感性が現在の彼女に繋がっているのですね。

 

 何度もアマーリエ様を振り返るヨアヒムとルディの気持ちを想うと切ない…(泣)。長い旅路の中で出会った女神のような美しい人のことを、二人は一生忘れないでしょうね。

 

 さて場面は変わって、なんとヨアヒムがカトリック改革委員会に捕まってしまいました!。この時代はこうして何の罪もない人が無理やり捏造された嫌疑で裁判に掛けられ、その命を奪われてきたのでしょう。ヨアヒムにイザークがいてくれてよかった!イザークの登場シーン、颯爽と現れるイザークがカッコ良かったです♪。

 

 

 ヨアヒムとルディを見送るアマーリエ様。彼女もまた、二人と同様に寂しさを抱えていたのだろうなぁ、と。


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ちょこっと世界史「アマーリエ=エリーザベトという人」

 

 朝夏まなと演じるヘッセン=カッセル方伯夫人アマーリエ・エリーザベト三十年戦争期に実在した人物です。物語では聡明で優しく美しい女性、として描かれていますが、実際の彼女はいったいどのような女性だったのでしょうか。

 

 こちらは若い時のアマーリエの肖像。ドイツ人の画家・彫刻家、クリスチャン・ゴットリーブ・ガイザーによる作品です。

 

 

 

アマーリエ=エリーザベト・フォン・ハーナウ=ミュンツェンベルク

ヘッセン=カッセル方伯妃

 

生年:1602年1月29日 ドイツ・ハーナウ

没年:1651年8月8日  ドイツ・カッセル

 

配偶者:ヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム5世(1619年~1637年 )
父  :ハーナウ=ミュンツェンベルク伯フィリップ・ルートヴィヒ2世
母  :カタリーナ・ベルヒカ・ファン・ナッサウ
子供 :・シャルロッテ・フォン・ヘッセン=カッセル(プファルツ選帝侯妃)
   ・ヴィルヘルム6世(ヘッセン=カッセル方伯)

 他

Amalie Elisabeth von Hanau-Münzenberg – Wikipedia

 

幼少期

 

 アマーリエは1602年、フィリップ・ルートヴィヒ2世カタリーナ・ベルヒカ夫人の間に長女として生まれました。物語の中でアマーリエは少女時代をオランダの伯父のもとで過ごした、と語っていましたがこれは史実に基づいたものです。

 

アマーリエの母親カタリーナ・ベルヒカはオランダ独立国家の初代君主であるオラニエ公ウィレム1世の娘であり、アマーリエは母方の親戚を頼ってオランダで幼少期を過ごしていたようです。

 

ヘッセン=カッセル方伯夫人として

 

 アマーリエは1619年、ヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム5世と結婚。夫との間に12人の子女をもうけましたが、そのうち成人したのは4人だけでした。夫婦は1618年から始まった三十年戦争プロテスタント側のスウェーデン、フランスを支持、これに加わりました。カトリックの皇帝軍に占領されながらも、軍隊を保持して数多くの要塞で防戦を行ったと記されています(Wikipedia参照)。

 

 ただし三十年戦争中の1634年9月6日、ドイツのネルトリンゲン郊外で起きたスウェーデン軍と皇帝軍との戦いでスウェーデンが敗れると、ヘッセン=カッセル方伯領であるハーナウを皇帝軍に包囲され、夫妻は子供たちを残して亡命を余儀なくされました。

 

ヴィルヘルム6世の摂政

 

 1637年、夫ヴィルヘルム5世は亡命中のフリースラントで亡くなりました。死を迎える直前ヴィルヘルム5世は、跡継ぎである長男ヴィルヘルム6世の代わりにフリースラントに連れてきている軍隊の指揮権など、彼が持っていた全ての権限を信頼する妻アマーリエに委譲しました。

 

 幼い息子の摂政となったアマーリエは卓越した手腕でスウェーデン、フランスとの同盟をさらに強化することに成功しました。また夫が彼女に残したヘッセンの軍隊の活躍もあり、無事ヘッセン=カッセル方伯の領地を回復させます。

 

さらにはヘッセンマールブルク方伯領の問題にも介入し、ヘッセンダルムシュタット方伯ゲオルク2世に領地を返還するよう迫り、ヘッセン戦争を起こしました。結果この戦争とウェストファリア条約の交渉に成功し、1648年ヘッセンマールブルク方伯領を奪還しました。

 

晩年

 

 三十年戦争期、亡き夫と幼い息子に代わって優れた知友でもってヘッセン=カッセル方伯領の守護と繁栄に力を尽くしてきたアマーリエでしたが、1650年に摂政を降りると心労が祟ってか翌年1651年8月8日に死去。カッセルのマルティンス教会に埋葬されその生涯を閉じました。

 

 

(参考資料:アマーリエ=エリーザベト・フォン・ハーナウ=ミュンツェンベルク Amalie Elisabeth von Hanau-Münzenberg – 金獅子亭 本館)

 

 

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